「なんぞ勘違いしてはるようやけど」すう、と眼鏡の奥、鮮やかな翠の瞳が細められる。「永咲館の花を、あんたさんの田舎におるような淫売酌婦の類と同じや思うたら大間違いでっせ？　まして――」びく、と男の肩が跳ねた。がたがたと震え始めた男の背後から、咬は男と同じものを見る。ほっそりと優美な明紫の立ち姿。その輪郭からにじみ出し広がっていく暗黒。それはじわじわと、見る者の腹の底を冷やしてゆく。そして、明紫の背後からぎろりと睨む、巨大で禍々しい、人のものではない瞳――。「自分は、大嗣やで」============================================大陸の北東。大陸随一の都市、大淵でもっとも格の高い高級娼館、永咲館。「狗」咬を従える楼主、明紫は街の支配者、大父の後継者として立てられている。一方、館の太夫、北野は館の差配でもある弟、五郎を振り回しながら気ままな日々を過ごしている。大淵の夜をきらびやかに彩る彼らは、だが、望んでこの地位についたわけではない――。…続きを読む